私たちの想い

Philosophy私たちの想い

Misson酒造りを通じ
100年先に美しい日本を伝える

日本らしさ、日本の風景、日本の心を酒造りを通じて次世代に継承したい。
時代の変革の中で、世界の中での日本の立ち位置が少しずつ変化していきます。
これからも我々日本人が誇りを持って生きていけるよう、日本、奈良、御所の良いところを、酒造りを通じて伝えて参ります。

Vision奈良の歴史、風土、
醸造家の思いを
一滴の酒に込める

歴史溢れる奈良、美しい風土、今を生きる醸造家の思い、これを酒の一滴に密度高く込められる酒造りを目指し、奈良の魅力を最大限に伝える酒蔵を志します。

Value「挑戦」「探求」「共生」

私たちの酒造りの周りに存在する地域的要素、技術的要素、歴史的要素、これらを常に掘り下げ探究し、チーム一丸となって学び、新たな酒造りに挑戦します。

油長酒造の
物語

  • 油長酒造は奈良県の北西部、奈良盆地の南端に位置する御所市の御所まちと呼ばれる地域にあります。酒蔵から西に見える、北から二上山、葛城山、金剛山の山々が奈良と大阪を隔てており、山麓では良質の米が栽培される地域としても知られています。

    御所まちは江戸時代の町並みが残る地域で、江戸時代には精油業、製薬業、酒造業、藍染めなどが主な産業でした。油長酒造も古くは油屋長兵衛として精油業を営んだゆえに屋号が油長です。1600年代の後期には酒を造り始めていたようですが、1719年(享保4年)に酒道具の売買をしている古文書をもとに創業を1719年とさせていただいております。以来300余年にわたって酒造りを続けて参りました。

    近年では1970年以降1990年代までは日本酒の消費量の拡大を受け、大量生産の方向に舵を切りました。主に大手酒造メーカーに造ったお酒を販売する割合が高く、地元に主な商圏を持っていませんでした。これではいくら美味しいお酒を造っても地元の方に飲んでいただくチャンスがないと考えた先代の12代目山本長兵衛は、普通であれば蔵元や蔵人しか口にする事のない搾りたてそのままの「無濾過無加水生酒」を御所の風の森峠近くで栽培されていた秋津穂米を用いて造り、1998年 『風の森』という新たな日本酒の発売を開始いたしました。以降20数年をかけて『風の森』は地域に愛されるお酒となり現在に至っております。

    地域に愛され誇りに感じていただける酒こそが本物の地酒であるという考えのもとで、2019年の創業300周年を機に、「酒造りを通じ100年先に美しい日本を伝える」という使命を掲げました。2018年、奈良の風土、歴史を詰め込んだクラフトジンの蒸溜所「大和蒸溜所」橘花KIKKA GINの蒸留開始。2021年には誰よりも深く奈良に伝わる酒造りの深淵に触れる、全量甕仕込みの酒蔵「享保蔵」で水端の醸造開始。ここで学んだ古典技法に今しかできない新たな酒造りの技法を重ね合わせることで、「御所まち蔵」での『風の森』の酒造りをさらに飛躍させていきます。さらには2024年、里山を100年先につなぐ、を目標に棚田の真ん中にある酒蔵、葛城山麓醸造所「山麓蔵/S風の森」を始動いたしました。

    油長酒造のこれら3つの個性あふれる酒蔵で、唯一無二の日本酒を生み出したい。そして酒造りを通じ、次の世代に、100年先に、美しい日本を伝えたい、という思いです。

    寺院醸造を探求する酒造り(水端/享保蔵)
    今だからこそできる酒造り(風の森/御所まち蔵)
    里山を100年先つなぐ酒造り(S風の森/山麓蔵)
    奈良の風土を詰め込んだクラフトジン(橘花KIKKA GIN/大和蒸溜所)

    油長酒造の歩み

  • 油長酒造は、奈良県御所市の旧市街「御所まち」にあります。江戸時代の大和国では屈指の商業都市でした。一帯には江戸時代の町並みが、ほぼそっくり残っています。町を記録した寛保2年(1742)の「御所町検地絵図」は、現代の地図に、ぴったりと重なり合います。

    御所町と呼ばれた江戸時代の大和で、「町」は城下町を除くと、ごくわずかでした。御所まちは大和盆地の南端に位置し、放射状に広がる街道の中心にあります。西の峠を越えると河内や堺、北や北東へ向かうと奈良や大坂、伊勢街道に、南下すれば和歌山へ通じ、南東は吉野です。そうした地の利が、古くから人と富を集めたと考えられます。

    さかのぼると、2000年以上前の弥生時代には、御所まちの氏神の鴨都波神社周辺に、拠点的な大集落が築かれていたことが、戦後の鴨都波遺跡の発掘調査でわかりました。古代豪族「鴨氏」がいたとされ、修験道を開いた飛鳥時代の役行者も鴨氏だったといわれています。中世の姿は調査が進んでおらず判然としませんが、永禄12年(1569)に奈良・興福寺の僧が記した日記に「御所庄」の記述があることはわかっています。また、今も町の周囲を取り囲むように環濠(堀)が残っており、中世特有の環濠集落だったことがうかがい知れます。

    2000年以上、この町の一帯で人々が生活を積み重ねてきたことは、想像に難くありません。現在の町の姿に整えられたのは、400年前の江戸時代初期です。関ヶ原の合戦で徳川家康の東軍についた桑山氏が、御所藩を治めました。御所町は、桑山時代に築かれた計画都市でした。碁盤の目状の道路は当時と同じ道幅で、家々の裏側に掘られた「背割り下水」(水路)や環濠には、今も古い石垣が残っています。現代生活にもかろうじて耐えられるインフラを整えた手腕には驚かされます。

    周辺の田畑では、米のほかに綿花や菜種などが作られました。大和絣と呼ばれた人気の綿布を染めて織り、灯明に使う油を菜種から絞り、また油かすは肥料になりました。修験道がルーツといわれる薬種業も盛んでした。そうした商品作物や周辺の物資が集積し、商業が発展しました。280年近く前の検地絵図に載っている家のうち、現在も同じ場所に居を構えているのは、油長酒造を含めて3家ほどしか確認できません。本町では、油長酒造が唯一だそうです。

    (中井将一郎氏にお話を伺いました)

    御所まちの歴史

  • 日本の酒の歴史と永く深く関わりその進化を担ってきた奈良。酒造りの神、大物主大神を祀る大神神社(おおみわ)が長く信仰されています。また日本清酒発祥の地と言われる、菩提山正暦寺や興福寺といった奈良の大寺院での酒造り〝寺院醸造〟の中で、酒造りの技術は飛躍的に向上していきました。

    白米を使って仕込み、醪を搾って酒粕と清酒に分離し発酵を止め、さらに火入れ(加熱)をして酵素を失活させることで安定性が向上し、醸造容器も室町時代末期には甕から木桶に代わることで生産性が高まりました。

    この時期に見出された技法である「精米」「上槽」「火入」「酒母」「段仕込み」は、それぞれ誰がいつ発明したかについては誰も言及していませんが、室町時代にこれらの技法はさまざまな書物に出てきますので、当時のお酒造りに携わっていた職人はこれらの技法の確立に向けて、試行錯誤を繰り返していただろうということは推測ができます。

    奈良が「日本清酒発祥の地」と言える理由は、「どぶろく」のような古いスタイルの醸造酒を、現代のように安定性が高く、樽で流通させる事が可能な、諸白と称された魅力あふれる「清酒」に進化させていったことが、様々な文献により明らかだからです。

    また、日本の中世の〝寺院醸造〟の中でお酒が進化していくことと同様に、ヨーロッパにおいても教会や修道院でビールやワインの醸造技術が確立し、キリスト教とともに世界に伝わったという歴史があります。日本酒とワインは原料も生まれた場所も違うとはいえ、身近な穀物や果実を原料とした醸造酒が、共に中世の〝寺院醸造〟の中で進化していったという共通の歴史があることも面白いところです。

    今後、日本酒が世界で楽しまれるお酒へ進化していくには、現代の醸造家が自国のお酒の歴史を見つめ、その生い立ちを踏まえた上で、諸外国へその文化的側面を伝えていくことが必要なのではないかと考えます。

    奈良の酒造り

  •  私たちが「風の森」でどういったお酒を目指しているのか。それは、味わいの部分だとあまり難しい蘊蓄などはありません。一口飲んで「これならまた飲みたい」と思っていただける、日本酒との出会いになるようなお酒を造りたいと思っています。「風の森」がきっかけで日本酒を好きになっていただくことがあれば、こんなに嬉しいことはありません。ただ、その味わいを造り出している理由や意味があります。

    「酒造りを通じ100年先に美しい日本を伝える」を使命に考える私たち油長酒造は、誰よりも深く奈良の日本酒の歴史について学び探求し、実際に伝統的技法で「水端」を造り、そこから得た学びや知見、例えば菩提酛やそやし水といった技を「風の森」の酒造りに重ねます。これと同時に、今だからこそできる最先端の技法、例えば独自の発酵タンクや原料処理方法なども重ね合わせていく挑戦をしています。このように古き技法と新しき技法、魅力的な原料の要素をミルフィーユのように重ね合わせ多重層化することによって、「風の森」ならではの唯一無二の味わいを表現しています。

    風の森の世界

  • 「無濾過の生酒に特化する。」

    私たちは、搾りたてのそのままの味わいをお客様にお届けしたいという想いから、ろ過も、上槽後の加水もしない、無濾過の生酒に25年以上特化して参りました。生酒による、とろっとした豊かで滑らかな質感や、時間とともに経過してゆく繊細な味の変化がその最大の魅力です。これからも変わらず生酒に特化した酒造りを進めて参ります。

    「風の森は1瓶で2通りの味わいをお楽しみいただけます」

    開栓直後の風の森は、もろみ発酵由来の自然の炭酸ガスが溶存し、口に含んだ時にプチプチとしたフレッシュ感を感じさせる、優しい発泡感を楽しんでいただけることがあります。時間をかけてお酒を飲み進めるうちに、数日経ちますと、開栓直後に感じられた自然の炭酸ガスは消失し、風の森が持つお酒本来の美味しさをお楽しみいただけます。

    お米由来の豊かな味わい、うまみ、甘みと、酵母が造り出した、果実のような香りや酸味を存分にお楽しみいただくことができます。炭酸ガスはあくまで副産物です。炭酸ガスが十分に含まれている間はお酒本来の味わいが分かりにくいこともあります。是非一度、炭酸ガスが消失した後にゆっくりと時間をかけてお楽しみください。

    生産量が限られるため一人でも多くのお客様へ提供できるよう720mlのみの容器で販売しております。ご理解を賜りますようお願いいたします。

    風の森の約束

  • 油長酒造は現在(2024年)正社員13名、総勢20名以下の組織です。全国から酒造りを志すスタッフに恵まれ、日々酒造りに邁進しております。今まで以上に人間の叡智を結集した唯一無二の酒造りを志します。古き技法を探求し新しき技法に挑戦し、魅力的な原料の要素を今まで以上に重ね合わせて参ります。

    また、長年に渡り、秋津穂米を育ててくださる契約栽培農家の皆様とも深いつながりが生まれてきています。地域の農業と今まで以上に関わりを深め、2024年にスタートした葛城山麓醸造所、通称 “山麓蔵“では『里山と酒蔵が共生し、里山を100年先へつなぐ』をキーワードに古来より続く美しい奈良の風景を後世に伝えていきたいという思いです。

    山麓蔵では、醸造家自身が里山と共生し、葛城山麓の地の力を感じながら感覚を研ぎ澄ませ、この地で収穫された秋津穂米で大地の魅力を余すことなく表現する風の森の新シリーズ【S(エス)風の森】を造ります。御所市伏見に根差し、100年先にこの地の里山をつなぎ、地域の方々に喜んでいただける酒蔵を目指しています。

    そしてこの山麓蔵で得た知見や人と人の繋がりを大切にし、風の森の酒造りの形も深化させて参りたいと思います。

    風の森のこれから

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